東北大学の伊藤文人博士と北海道大学の髙島理沙博士は、イギリス・南ウェールズにある2つのメンズ・シェッドを視察するために現地を訪れました。 

この国際的な「メンズ・シェッド」運動は、地域社会に根ざした男性のための交流グループです。

両博士は、日本で進行中の社会的孤立に関する政府支援プロジェクトを主導しており、ウェールズの約100か所で展開されている、非公式かつ地域主導型のこの取り組みが、どのように地元の男性たち、とりわけ高齢男性に実用的な活動と仲間意識、会話の場を提供しているのかを観察しました。

日本の研究者がウェールズの「Men’s Sheds(メンズ・シェッド)」を視察
日本の研究者がウェールズの「Men’s Sheds(メンズ・シェッド)」を視察
日本の学者たちがウェールズのメンズ・シェッドを訪問

訪問先は、ブリジェンドの「The Squirrel’s Nest」とマエステグの「CMS – The Workshop(Caerau Men’s Shed)」で、同席したのはオグモア選出のウェールズ議会議員ヒュー・イランカ=デイヴィス氏と、ブリジェンド選出の同議員サラ・マーフィー氏。今回の視察は、「日本におけるウェールズ年 “Year Of Wales and Japan 2025” 」の一環であり、両国間の文化的・外交的交流を深める重要な契機となりました。

伊藤博士と髙島博士が主導するのは、科学技術振興機構(JST-RISTEX)により助成されている「市民支援による社会的孤立・孤独予防プロジェクト」。このメンズ・シェッドの理念(元はオーストラリア発祥)を日本に応用することを目指しています。

「とてもあたたかな雰囲気で迎えてくれる場所だと感じました。これは非常に大切なことです」と語るのは、日本コミュニティ・シェッ協会の事務局長でもある髙島博士。「日本では、特に高齢男性がこうした場所に来ることに不安を覚えることが多いですが、こちらでは皆がとてもオープンで、初めて来た人も歓迎されているのが印象的でした。こうした雰囲気をどう作り出しているのか学びたい。これは日本で最も必要とされている要素です」。

「日本では『孤独』や『孤立』を口にするのに抵抗感がある人が多く、孤独を抱えながら見えない存在になっているケースがたくさんあります。ここでは全員がサポートされ、誰もが参加できるように配慮されています。人と人との関係性がしっかり築かれていて、それぞれに居場所がある。日本のシェッドもこうありたいと強く思います」。

日本の研究者がウェールズの「Men’s Sheds(メンズ・シェッド)」を視察
日本の学者たちがウェールズのメンズ・シェッドを訪問

政府の推計によれば、65歳以上の単身男性の割合は2020年の16.4%から2050年には26%を超える見通しです。長年、仕事中心だった男性が退職後に孤立するという課題が今後深刻化すると見られています。 

日本ではすでに熊本と札幌に2つのパイロット・シェッドが立ち上がっており、札幌では40代~80代の男性が釣り・登山・ウォーキング・料理・音楽・脳トレ・ゴルフ・DIY園芸といった趣味グループに参加しています。複数のグループに所属する人もいるそうです。 

札幌のシェッドを運営している髙島博士はこう語ります: 

「2022年からの研究助成を受け、日本初のメンズ・シェッドを設立できました。ウェールズで見たような物理的な施設は日本にはなく、とても感銘を受けました」。 

「ここは本当にあたたかく、迎え入れてくれる空間で、日本でもぜひ再現したいと感じました。このシェッドが15年も続いていることにも驚かされました」。 

「日本では、孤立について話すことにネガティブな印象があり、ためらう人も多いですが、ここでは『この場に救われた』という声をオープンに聞くことができます」。 

「日本では高齢化率が30%近くに達していて、こうした取り組みの重要性はますます高まっています。ただ、継続するのが難しく、多くの活動は5年を超えるのがなかなか難しいのが現状です。そんな中で、こちらのシェッドが長く続き、新しいメンバーもどんどん加わっていることにとても驚きました。どうやってそれを実現しているのか、もっと詳しく知りたいです」 

ウェールズでは「Men’s Sheds Cymru(カムリ=ウェールズ語でウェールズ)」が、約90のシェッド設立を支援してきました。UK Men's Sheds Associationのウェールズ担当開発マネージャー、ロバート・ヴィジンタイナー氏は次のように述べています: 

「孤独という問題に国境はありません。ウェールズの谷に住む男性が抱える課題は、札幌に住む男性にも響くはずです。メンズ・シェッドはただの作業場ではなく、仲間意識、目的意識、そして帰属意識を育む場です。ウェールズと日本の“シェッダー(Shedder=参加者)”たちの間に生まれた絆は、文化を超えた変化を生み出す可能性を秘めています。髙島博士と伊藤博士が、ここで見た連帯の力とコミュニティーの在り方に触発され、日本でも同様の場を育ててくださることを願っています」。

キッチンに立っている二人 

ウェールズは音楽・詩・ストーリーテリングの伝統を持つ文化豊かな国で、環境保全や地域福祉への取り組みにも積極的です。世界で初めて「未来世代のためのウェルビーイング法 (Well-being of Future Generations Act)」を制定した国でもあります。 

視察中、博士らは、2018年に妻を亡くし「The Squirrel’s Nest」に通うようになったロブ・トーマスさんとも面会しました。 

「愛する人を亡くすというのは……とてもつらく、何が起きているのか理解できませんでした」と語るロブさん。「ひとりで家にいるのが苦しく、外に出たいけれど帰ってくるのがまたつらい……どこにも居場所がないように感じました」。 

「2人の子どもがいますが、彼らも母親を失って悲しんでいる中、自分が負担になりたくありませんでした」。 

「そんなとき『The Squirrel’s Nest』を紹介されました。最初は『自分向きじゃないかも』と思いましたが、思い切って足を運びました。1時間ほど過ごしただけで、少しずつ生きる力が戻ってきたように感じました。そこからカウンセリングにも行くようになり、一歩踏み出す“きっかけ”になったのがこの場所でした」。 

 オグモア選出のヒュー・イランカ=デイヴィス議員はこう述べています: 

「メンズ・シェッドは地域社会にとって重要な存在で、男性だけでなく、地域の学校や行政ともつながる拠点です。これは単なるウェルビーイングの話ではなく、“レジリエントな地域社会”づくりの話なのです。日本がこの小さな国にヒントを求めているという事実こそ、私たちの取り組みが国際的に意味のあるものであることを示しています」。 

また、日本の在ウェールズ名誉領事キース・ダン氏も同行し、次のように述べました: 

「メンズ・シェッドの皆さま、心温まる歓迎と寛大なおもてなしをありがとうございました。現場で感じた地域の連帯感と創造力に心を動かされました」。 

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