私は二輪と冒険心と共に成長しました

私の両親は二人とも自営業のエンジニアで、何事にもやればできるという気持ちを持っていました。私は6歳の時にバイクのレースを始めました。最も幸せな子供の頃の思い出は、アバーデア(Aberdare)の凍てつく山で、指がかじかんでしまった私の傍で父が私の自転車の点検をし、母が周りのみんなのために料理をしていたことです。私はその光景が大好きでした。私はサイクリングが大好きです。これまでに参加した中で最高のスポーツイベントは、アバーガベニー・サイクリング・フェスティバル(The Abergavenny Festival of Cycling)です。コミュニティの全ての世代が通りに出て、8、9歳の子供たちが小さなバイクで走り回っているのからプロのレースまで、全てのレースを同じサーキットで見ることができました。素晴らしかったです。それはスポーツのあるべき姿そのものでした。

ウェールズを探索するリチャード・パークス。内陸から出発した彼の旅は、田園地帯を抜けて海岸へと続きます。  

私は常に全てを賭けて勝負してきました

モーターサイクリングのスポンサーを失ったのは、私がラグビーに専念している時でした。男女を問わずすべての若者は、ウェールズのためにプレーしたいと願って成長します。赤いジャージを着ることには魔法のような力がありますが、私にとってはそれにとどまらず、ラグビーそのものに自分の最善を尽くすことが目的でした。

私は南アフリカでとても重要な一年間を過ごしました。17歳の時に、クワズール・ナタールにあるマイケルハウス・カレッジへ行くための奨学金を授与されました。それはアパルトヘイトの直後で、私はファースト・フィフティーン(First XV)で初めてのそして唯一の黒人学生でした。その一年間で私は何年分もの成長を遂げました。その経験は私のプロ意識を目覚めさせました。お金ではなく、自分の仕事にいかに専念するかを学びました。私たちは1日3回トレーニングを行い、1万4千人の前でプレーをする学校チームでした。

「快適な空間の外へ一歩踏み出すことは、自己意識、そして最終的には幸福への重要なステップです。」

皆さんと同じように、私も何度も困難な時期と暗い時期を経験してきました。人生には良い時も悪い時もあります。あらゆる人生経験は私たちを豊かにしてくれる糧であると信じています。私は今、ここにいられることにとても感謝しています。

夕暮れ時の山の上に立っている男性のシルエット
スノードニア国立公園で山登りをするリチャード・パークス

山は私に安らぎを与えてくれます

私のラグビーキャリアは怪我によって奪われてしまいました。ポジティブとネガティブ、両方の感情を乗り越え、自分の国のためにプレーできたのはとても幸運だったとようやく気が付いたのはここ数年のことです。この安らぎは山が私に与えてくれた最大の贈り物の1つです。私は再びラグビーを好きになることができました。

楽しくなるために無理に楽しくする必要はありません。楽しさとは挑戦したり満足感や達成感を得ることだけでなく、笑ったり冗談を言ったりしながら人々と時間を過ごすことでもあるのです。私の人生で最高に幸せな瞬間の数々は、いくつもの最も困難な試練や苦難の後にありました。そこから何かを得ることができたらより幸せです。

岐路はどこにでもあります

私が登ったすべての山や参加した耐久レースには、迷いの瞬間がつきものでした。その瞬間が私は好きです。容易に得られる満足感が満ちている社会にあって、目標を持ってトップに立つこと、そしてそこに到達するには困難に立ち向かわなければならないということの純粋さが、私は大好きです。

私はデナリ(Denali)のクレバス(氷河や雪渓にできた深い割れ目)に落ちたことがあります。それは私の人生の中で最も恐ろしい瞬間でした。生きてそこから出るにはどうしたらいいか分からなかったのです。

屋外でマウンテンバイクに乗る男性
滝の前のフェンスに立てかけてあるマウンテンバイク
マウンテンバイクを運ぶ男性
スノードニア国立公園でマウンテンバイクに乗るリチャード・パークス

南極は最も困難な場所でした

南極では、肉体的にも精神的にもこれまで以上に身体を追い込みました。今まで気づかなかった自分の精神の一面も新たに発見しました。ホワイトアウトの中で12時間もスキーをするという過酷な日々を過ごしました。そんな中、太陽がちょうどいい場所にあり、雪の結晶が太陽を屈折させて、まるでダイヤモンドのベッドを横切ってスキーをしているような瞬間がありました。その30分間はまるで陶酔したかのような感覚でした。私たちがこのような瞬間に気づくことができれば、人生はもっと豊かになるでしょう。

谷の文化は私たちを特別なものにしてくれます

私はポンティプリッド(Pontypridd)の出身で、 人々は世界中で共有できる連帯感と親しみやすさを持っています。小さな国ですが、私たちは冒険の精神を体現しています。150年前のパタゴニアの集落を見たら分かるように、私たちは常に挑戦し続けてきました。

私は自分の住んでいるカーディフ・ベイが大好きです

キャプテン・スコットのテラ・ノヴァ号(The Terra Nova)はここから出航しました。ウェールズと南極との歴史的なつながりのある地域に住んでいることは、私にとってとても魅力的なことです。ここには、かつてここに存在していた男性や女性の歴史がたくさんあります。そして、マロリーとアーヴィン、ヒラリーとテンジンを意識せずにスノードニアに登ることはできません。

ウェールズでキャンプをし、テントの外に座るリチャード・パークス
スノードニア国立公園にいる乗るリチャード・パークス

帰宅するたびに、新しい視点からウェールズを見ています

幸運にも私はたくさんの場所を訪れて色々な経験をしてきましたが、それは私に目の前にある豊かさにさらに感謝するきっかけも与えてくれました。ある意味、私は家から離れることはありません。私はどこに行くにもウェールズの旗を持っていきますし、それは私が遠征に出ていないときはプリンシパル・スタジアムのプレーヤーズラウンジに飾ってあります。私はそのことをとても誇りに思っています。

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