ウェールズ人宣教師トーマス・ジョーンズの生涯を記念する「トーマス・ジョーンズの日」は、6月22日に祝われる祝日です。しかし、ウェールズでこの日を祝いたい人は、祝賀行事に参加するためには、さらに約6,500キロ離れたインドのメガラヤ州まで足を運ばなければならないと知って、少しがっかりするかもしれません。
インドの一つの州が、世界で唯一ウェールズ人に捧げられた祝日を制定しているという事実は、ウェールズとインドを結ぶ数ある縁の中でも特に興味深いものです。さらに、建築から音楽に至るまで、より一般的ともいえるさまざまな分野にも両国のつながりを見ることができます。
大学間の共同プロジェクトから、クリケットへの変わらぬ共通の情熱まで, ウェールズとインドを結ぶさまざまなつながりをご紹介します。
カシ地方のグワリア。
19世紀、ウェールズ長老派教会は、現在のインド北東部メガラヤ州にあるカシ丘陵地域で海外宣教を行うことを決定しました。これが、今日まで続くウェールズとインドの最も長い歴史を持つつながりの一つとなりました。
1841年以降、100年以上にわたり、およそ200人のウェールズ人宣教師がこの地域を訪れました。彼らの活動は地域に古くから伝わる習慣や伝統の衰退を招いた一方で、教育や医療の向上にも貢献し、学校や病院を建設しました。その多くは現在でもウェールズからの支援を受けています。この時期には長老派教会様式の教会も数多く建てられました。また、ショシ・ムキ・ダスやライ・バジュール牧師をはじめとする数名のカシ人宣教師もウェールズを訪れ、ウェールズ長老派教会の活動について講演を行うとともに、医療研修を受けました。
福音を広める活動を行う一方で、宣教師たちはウェールズ文化の一部も地域に根付かせました。そのため、現在でもこの地域を訪れると、日曜日の礼拝でウェールズの伝統的な賛美歌をアレンジした歌が歌われているのを耳にすることができます。
もう一つのつながり: 文化行事でよく歌われるカシ地方の地域歌 Ri Khasi は、ウェールズ国歌と同じ旋律を使用しています。
著名なウェールズの詩人ナイジェル・ジェンキンスは1990年代にカシ丘陵を訪れ、その地域とウェールズとの歴史的なつながりを掘り下げた旅行記 Gwalia in Khasia を出版しました。近年では、いくつかの文化団体がウェールズとカシ丘陵の関係を新たな視点で見直し、活性化することを目指しています。その代表的な例が、ウェールズとカシの音楽家による Khasi-Cymru Collective で、2021年にアルバム Sai-thaiñ ki Sur(『声の織りなすもの』)を発表しました。
カシ文学の父。
トーマス・ジョーンズは、カシ丘陵におけるウェールズ人キリスト教宣教団の設立に重要な役割を果たし、1840年代にこの地域を訪れた最初のウェールズ人宣教師となりました。より優れた説教者になることを目指したジョーンズはカシ語を学び、ウェールズ語の綴りと句読法を基にラテン文字によるカシ語初の表記法を作り上げました。
その功績により、ジョーンズは今日「カシ文字とカシ文学の父」として知られており、その言葉はコルカタのスコティッシュ墓地にある彼の墓碑にも刻まれています。カシ丘陵地域にはジョーンズの像が数多く建てられており、2018年にはメガラヤ州が、ジョーンズがカシ丘陵に到着した6月22日を6つの地区における祝日として制定すると発表しました。これは、世界で初めてウェールズ人に捧げられた祝日となりました。
ウェールズで設計されたインドの寺院。
インドのカルナータカ州にある公益団体が、古代ホイサラ様式による新しいヒンドゥー寺院の設計者を探していたところ、その探索は意外にもウェールズの首都カーディフへとたどり着きました。
そこで白羽の矢が立ったのが、35年以上にわたりインド寺院建築を研究してきたカーディフ大学のアジア建築学教授、アダム・ハーディでした。
依頼を引き受けたハーディ教授は、11世紀から14世紀にかけてホイサラ朝時代のカルナータカ州に建てられた寺院を模した設計に8年を費やしました。寺院の建設は2017年に始まり、完成までには10年以上かかる見込みです。完成後には、青みがかった灰色のソープストーンを彫刻して造られる高さ30メートルを超えるこの寺院が、地域の新たな精神的拠点となり、音楽や舞踊の公演の場としても利用されるとともに、毎年何千人もの参拝者や観光客を迎えることが期待されています。
教育を支える。
カルナータカ州とのこうしたつながりを基盤として、Global Wales は、ウェールズの教育機関と同州の教育機関との連携を深めるための基金を設立しました。この基金は、学術的な結び付きを強化し、共同研究を支援するとともに、国境を越えた知識の共有を促進することを目的としています。採択された主な連携プロジェクトは次のとおりです。
- アベリストウィス大学 / B R Ambedkar School of Economics University(BASE): 企業レベルでの気候変動適応を分析するため、ジェンダーの視点を取り入れた政策枠組みを開発するパイロットプロジェクト。
- バンガー大学 / マンガロール大学: 哲学・政治学・経済学(PPE)の国際共同教育プログラムを共同で設計。
- カーディフ大学 / ラニ・チャンナンマ大学: CyberSafe を開発。女性や子どもを対象としたオンライン犯罪の予防と対応を支援するデジタルツール、研修教材、実践的対策を集約したオンラインリポジトリ。
- カーディフ・メトロポリタン大学 / カルナータカ大学: AIと機械学習を活用した6G通信ネットワーク向けサイバーセキュリティ基盤の研究連携。医療、スマートシティ、産業オートメーションなど重要分野を支援。
- スウォンジー大学 / ヴィジャヤナガラ・スリ・クリシュナデーヴァラヤ大学(VSK): 防衛分野向け先端材料の開発を目指し、次世代の軽量かつ柔軟な電磁波シールド材料を研究。
- サウスウェールズ大学 / ラニ・チャンナンマ大学: リチウムイオン電池や回路基板を含む電子廃棄物から重要金属を回収し、クリーンエネルギー用途の機能性材料へと再利用する研究。
- ウェールズ大学トリニティ・セント・デイヴィッド / ダヴァンゲレ大学: デジタル変革を通じて公衆衛生の向上を目指し、医療データ分析やAIを活用した医療ソリューションを研究する共同プロジェクト。
- ウェールズ大学トリニティ・セント・デイヴィッド / マンガロール大学: クラウドコンピューティングのセキュリティ、データ侵害、現代のデジタルインフラにおけるネットワークの脆弱性を研究する共同研究交流プロジェクト。
クリケットへの共通の情熱。
クリケットはインドを象徴するスポーツです。国内で最も人気のある競技であり、整備の行き届いた競技場から交通量の多い市場の通りまで、国中のあらゆる場所で親しまれています。一方で、この競技はウェールズにも非常に長い歴史があり、記録に残る最も古い試合の一つは、1783年にカーマーゼンシャーで地元の聖職者同士によって行われました。
インド男子クリケット代表が初めてウェールズで試合を行ったのは、1932年の英国遠征中だったと考えられています。この3日間の試合はカーディフのアームズ・パーク・スタジアム(現在はカーディフ・ラグビーの本拠地)で行われ、引き分けに終わりました。それ以来、インドのチームは何度もウェールズを訪れ、そのたびにウェールズのインド系コミュニティの熱心な応援によって、スタンドはまるでお祭りのような雰囲気に包まれてきました。2026年には、インド男子代表がイングランドとのワンデー・インターナショナルのためにカーディフへ戻ります。この試合は、アッシュズ・シリーズを除けば、ウェールズで開催された国際試合として史上最速でチケットが完売しました。
南ウェールズを本拠地とするグラモーガンは、イングランドのファーストクラス・カウンティ選手権に参加する唯一のウェールズのクリケットチームであり、インドとも深いつながりがあります。これまでに、インド代表の主将を務めたサウラブ・ガングリーや、その後インド男子代表監督となったラヴィ・シャストリなど、多くのインドの名選手がこのクラブでプレーしました。シャストリは1987年にグラモーガンへ加入し、ウェールズで4シーズンを過ごしました。また、2024年にはカーディフ・メトロポリタン大学から名誉フェローの称号を授与されています。シャストリは「ウェールズではまるで自宅にいるような気持ちでした。あそこで過ごした時間は私の人生を変え、今でも素晴らしい友人たちがいます」と語っています。
インドの歴史を記録したウェールズ人。
少なくとも8か国語を自在に操る語学の天才だったウィリアム・ジョーンズはロンドンで生まれましたが、家族がウェールズにゆかりを持っていたことから、自らをウェールズ人と考えていました(父は著名なウェールズの数学者ウィリアム・ジョーンズでした)。この二つの側面は、フランス国王との会見の際、英国大使が彼を「自分の母語以外のあらゆる言語を知る人物」と紹介したことでよく表れています。ここでいう母語とは、ウェールズ語(Cymraeg)のことです。
職業は法律家であったジョーンズは、1783年にベンガル最高裁判所の職に就くためインドのコルカタへ移りました。翌年には、インドおよびアジア全域の言語、文学、哲学、歴史を研究する Asiatic Society を設立しました。この組織は現在もコルカタに本部を置き、「国家的重要機関」として認められています。また、西洋におけるアジア文化への理解を深めるとともに、貴重な古代の写本や文書の保存にも大きく貢献しました。
ジョーンズはまた、インドとヨーロッパの古典言語が共通の祖先言語から生まれた可能性を最初に指摘した人物の一人でもあります。このことが、今日、一部の言語学者がウェールズ英語とインド英語のアクセントに共通点があると指摘する理由の一つかもしれません。また、ウェールズ語(Cymraeg)とヒンディー語の単語の中には、似ているものも見つけることができます。
一年を通じた文化交流の祝典。
2024年、ウェールズ政府は Wales in India キャンペーンを開始しました。この1年間にわたる取り組みは、ウェールズとインドが共有する歴史や文化的なつながりを紹介するとともに、芸術、教育、医療、ビジネス、人権などの分野で新たな関係を築くことを目的としていました。この期間中、ウェールズとインドの両国で12か月にわたり、大規模な祝賀行事から親密な文化交流イベントまで、さまざまな催しが開催されました。
このキャンペーンの一環として、ウェールズはインド・ナガランド州で開催される10日間の祭典 ホーンビル・フェスティバル の第25回開催におけるパートナー国の一つとなりました。この祭典では、音楽、舞踊、食文化、伝統儀式を通して、州内の多様な先住民族の文化が紹介されます。2024年のフェスティバルでは、ウェールズのフォークシンガーソングライターであるギャレス・ボネロとマリ・マティアスが、多くのナガのアーティストたちとともにステージに立ちました。
このほか、チェンナイで開催された60歳以上のクリケット・ワールドカップへのウェールズ代表の参加(開催国インドに歴史的な勝利を収めました!)や、ムンバイで開かれたセント・デイヴィッドの日の祝賀会も行われました。会場では地元シェフが焼き上げたウェルシュケーキも振る舞われました。世界有数の食文化の街で、新たなグルメブームの始まりとなるのでしょうか。そんな期待を抱いてしまいます。